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アヒルの子

ストーリー

[家族]の中での[いい子]の[私]。
[私]は[わたし]を取り戻すために [家族]を壊す決意をした。

家族を離れ、東京で一人暮らしをしながら専門学校に通う小野さやかは、自らの内面に巣食う生きがたさに悶え苦しんでいた。
自分は価値がない、誰にも愛されていない、必要とされていない、生きる意味がない・・・。
その原因は、彼女が5歳のときに家族の下を離れ、ヤマギシ会の幼年部に1年間預けられたことから端を発する。その1年間を
彼女は家族から「捨てられた」と思い、2度と捨てられないために[いい子]を演じてきた。しかし、彼女は[いい子]であり続け
てきたことが自分自身を苦しめていることを発見し、自らを解放するため自分の内面を縛り付けている「家族」一人一人と対峙
する決意をする。
怒り、憎しみ、悲しさ、寂しさー。全ての感情を家族にぶつけた彼女が行き着く先とは・・・



[幸福会ヤマギシ会とヤマギシ学園幼年部]

幸福会ヤマギシ会は、農業・牧畜業を基盤とした理想社会を作るコミューン団体。
養鶏家だった山岸巳代蔵が主宰した養鶏教室が母体になり1953年(昭和28年)に三重県伊賀市にて「山岸会」が発足した
(95年に「幸福会ヤマギシ会」に改称)。発足当初は養鶏を軸にした小規模な農業コミューンだったが、60年代後半以降、学生
運動経験者が多数参画し始め、鶴見俊輔や四手井綱英、新島淳良等著名人も賛同していた。

80年代に入ると、子育て問題や環境問題などに関心の高い人たちに循環型社会のモデルとして好意的に受け容れられ始め、健
康食ブームの時流に乗ったことで無添加・無農薬の農産物、畜産物の生産が伸び、三重県が中心だった拠点が全国各地に拡大し
ていった。

「我執」を捨て去り「無所有一体」の生活を基盤とした幸福社会」を目指すことを信条とするため、参画するには一切の財産の
供出を求められる。このことで脱会した参画者から財産返還を巡る訴訟が起こされることもたびたび報道された。90年代後半以
降は健康食ブームも落ち着き最大時に比べて規模も縮小、従来の急拡大路線から徐々に変化していっている。

85年、ヤマギシズム(ヤマギシ会の思想体系の総称)を体現していく子どもたちを育てることを目的とした、ヤマギシズム学園
幼年部が発足した(後に初等部、中等部、高等部が発足)。幼年部では、小学校に入る前の5歳の子供を対象に、1年間親元から
離して学園の母親係と共に集団で生活させる。自然の中でのびのびと、争いのない中で子どもを育てるという方針に、受験戦争
や校内暴力で荒れていた当時の教育環境全般に疑問を感じていた教育熱心な多くの親たちが惹きつけられた。監督・小野さやか
はその5期生に当たる。最近では、村上春樹著『1Q84』に登場するコミューン団体のモデルとして再注目されている。
 

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